
今年も、また手稲山に雪が積もった。
先日、お世話になった方が亡くなった。
葬儀は終わっていたので、一人でその方との思い出を辿った。
喪主は聞き覚えのある方だった。

今年も、また手稲山に雪が積もった。
先日、お世話になった方が亡くなった。
葬儀は終わっていたので、一人でその方との思い出を辿った。
喪主は聞き覚えのある方だった。

手稲山に雪が降り、紅葉が見頃になった。
定年退職となったものの、中小企業診断士として活動しつつ、市内で非常勤で勤務することになった。かくして、コロナ禍で自粛が続いているにもかかわらず、公私とも何かと忙しない。
ところで、経済学者 ピーター・ドラッカーがこのようなことを言っていたそうだ。
The best way to predict your future is to create it.(将来を予見する最良の方法は、それを創造することだ。)

昆虫なので、朝の冷気で動けなくなったのだろうか。
鳥に見つかると食べられてしまうが、いつまでたっても動かない。
花を求めて飛び回っていたが、完全燃焼したのか。
だんだん寒くなってきたが、哺乳類なので、まだまだやることがある。

新型コロナウィルスの影響で、めっきり人と会う機会が少なくなった。
会議や研究会があっても、オンラインで済ますので、自宅にいることが多い。今年はお盆でも特に訪れる人もなく、庭仕事や読書中心の日々が続く。
これから少し仕事が増えそうなので、余裕がある今をありがたく思うべきなのだろうが。

これにデザートのアイスクリームがついて税込700円であるが、信じられるだろうか。
新型コロナウィルスの感染者が再び増加し、宿泊業、飲食業などが打撃を受ける中で、テレワーク、ビデオ会議、時差通勤などが普及している。
IT業界にとっては絶好の機会だし、一般企業でも、これまでの課題を一気に解決するチャンスかも知れない。
従業員にとっても、毎日満員電車に乗って、狭いオフィスで顔を突き合わせていたり、一斉に休暇を取ったり、単身赴任を余儀なくされたりすることが見直されるかも知れない。
しかし、収益性、資金繰りが急速に悪化する事業者もいるだろう。先の見通しが立たない中では、余裕資金を確保すること、コロナ後に備えてビジネスモデルを見直すことも必要ではないだろうか。

庭に北海道の花、ハマナスが咲いた。
大したこともせず、楽しみの少ない日々を暮らしているが、新型コロナウィルス感染の危険に晒されず過ごしていられることは、幸せだと思わなければいけない。
この間、こちらから出向かなくても、世界中で発信されるオンラインセミナーを視聴することが出来るようになったのは、一つの変化だと思う。

コロナ禍の自粛の中で、夕方の公園を散歩した。
コロナと共生だって?
そんなこと言われても。。。
しかし考えてみると、北海道にはヒグマがいる。一頭もいなくなってくれたらありがたい。安心して山菜採りに行けるし、夏山にも行きやすい。
一方、過去に北海道からオオカミがいなくなって、その結果エゾシカが増えすぎた。天敵がいなくなったエゾシカは、植物を食べあさり自然を破壊している。
いつの頃からか未開の地に潜んでいて、何かのはずみで人間に感染し始めたコロナウィルスは、人類の天敵と言えるかも知れない。
人類としては受け入れがたい話であるが、人類が環境破壊の原因となっていることは確かであり、人類の英知が必要だ。

日照の少ない裏庭で、ふきのとうの花が咲いた。
新型コロナウィルスに関する、医療崩壊の次に葬儀崩壊が来たというニューヨークの状況を聞くと、人の死が特別なことではなくなっているという異常さを感じる。
ところで、今はICTという言い方が良いのかもしれないが、新型コロナウィルスの影響で活躍するITの歴史はそれほど長くはない。
私が初めてパソコンと出会ったのは40年ほど前。それまでは大型コンピュータが支配的であって、コンピュータを使っていたのは特殊な言語を操る技術者だけだった。
それがパソコンの低価格と高性能化、インターネットの普及と高速・大容量化、一般の人が使いやすいソフトウェアの充実などによって、仕事や生活にパソコンが欠かせなくなった。
しかし、自宅を出られないのは、新型コロナウィルスの蔓延で待機を求められている私たちだけではない。介護施設に入っている方や、体が不自由な方々に対して、ITはもっと活躍できるのではないか。
いずれにしても、盾と矛に例えられる、新型コロナウィルスに効果のあるワクチンと特効薬の登場が待ち遠しい。

人影もまばらな公園。
紫外線が降り注ぎ、コロナウィルスも消滅してしまいそうだ。
ところで、ウィルスは生き物なのか。生き物であれば一応仲間だが、近づいてほしくはない。かたや、コウモリは鳥類ではなく哺乳類の仲間なので、人間に感染するウィルスを持っているらしい。
世界のニュース報道を見ていると、国情の違いがわかる。
日本では、本音と建前、喧嘩両成敗などの伝統が今も残っているという。近代的な教育を受けた人間には受け入れがたいが、社会の片隅で脈々と受け継がれているのか。一方で、日本人特有の礼儀、清潔さ、真面目さなどの伝統も根強く残っていると思う。
ホームページの更新が終わったので、庭仕事をして、読みかけの本でも読もうか。

インターネット上のコンピュータ・ウィルスは困ったものだが、いま巷では、新型コロナウィルスの話題でもちきりだ。何とか早く収まって欲しいものだ。
ところで、人は何故騙されるのか。
人を騙すのは良心の欠如だが、人に騙されるのは注意の欠如と言える。
外観に惑わされたり、分かったふりをしたり、平気で嘘をつく人がいることに気づかず、密室にいる人の意見だけを聞くのは間違いのもとだ。
内部監査を担当したとき、「職業的懐疑心」が必要とされた。長らく担当した結果、ひょっとして性格的に疑い深くなってしまったかも知れない。